イニシアティブ1~最終成果公表に向けて~ 藤田幸一

 

  研究イニシアティブ1「環境・技術・制度の長期ダイナミクス」の課題は、人類が技術と制度の発展を通じてアジア・アフリカ地域の環境に与えてきた影響を歴史的にたどることによって、将来の技術・制度変化の方向を探ることであり、これまで4つの研究班にわかれて研究を推進してきた。すなわち、「古典のなかのアジア経済史」研究会(代表 籠谷直人)、「中東・イスラーム地域における環境・技術・制度の長期ダイナミクス」研究会(代表 小杉泰)、「日本の自治村落とアジアの農村」研究会(代表 藤田幸一)、「資源エネルギー利用と経済発展径路」研究会(代表 杉原薫)である。今後2年は、以上4つの研究班の成果を形あるものにするための作業に着手するとともに、それらの成果の一部を「持続型生存基盤論講座(仮称)」(全6巻)の、特に第1巻の中で執筆・公表する。

  4つの研究班のとりまとめの方向性とそのG−COEプログラム全体における意義、成果の具体的発表方法の予定などは、以下の通りである。

  1. 「古典のなかのアジア経済史」研究会
      ヨーロッパ史の古典研究によれば、「法秩序と行政との機能が、計算可能性と信頼性とを持つべきだとする要求は、合理的資本主義の死活的要求」であった。そして、この要求は臣民の議会が、「家産君主や封建貴族の勢力を制限しようと努力」することから生まれた。商人らの経済主体が、公権力から逃避するのではなく、その「横暴」を制御する姿勢を示したことで、市場に秩序が持ち込まれた。市場秩序を通した計算可能性の高まりが、資本主義の成立に決定的な役割をはたした。
      計算可能性を高めるようなルールを、近世アジアに見出そうとすると、それはなかなか難しい。商人は、公権力から逃避する傾向にあったからである。そして、議会の開設を通して公権力を相対化することも稀であった。それは、おそらくアジアの「帝国」が、自らの「中心」を強く顕示したからであろう。計算可能性を高めるような政治的径路は、帝国権威の中心性を脅かすことになるから、決して選び取られることはなかった。
      しかしながら、アジアの帝国は、封建制や近代的官僚制のような「硬い枠組み」ではなく、中心としての王権の威信を顕示することで、広域統治を有効に果たしたことが解明されつつある。アジアの帝国が、ヨーロッパの重商主義とは無縁であったように、その「政治は経済生活に対して事実上著しく控え目な態度」をとり、「理論的にも「自由放任」の原則」を貫いたことを古典研究は示唆している。そうした開放性を前提に、商人は公権力の後援をうけなくても、地縁、血縁、業縁を通して取引コストを切り下げる工夫をこころみた。主権国家や私的所有権がなくとも、人・モノ・カネの要素市場は展開したと考えられる。
      本研究会では、2年後に、研究成果報告を刊行することにしている。戦前期日本の「低賃金と高率小作料の相互規定関係」、中国農村社会の「高均衡の罠」、インドネシアを対象にした「労働の無制限供給」などの鍵ワードを取り上げて、アジア経済史の多径路を発信したい。
     
  2. 「中東・イスラーム地域における環境・技術・制度の長期ダイナミクス」研究会
      本研究会では、これまで、(1)生存基盤持続型のイスラーム・システムの史的展開、(2)湾岸地域と産油経済の長期戦略、(3)資本主義のオルタナティヴとしてのイスラーム経済、について研究を進めてきた。その成果の一部はすでに、ジャーナル論文、ワーキングペーパーなどの形で発表し、各種のワークショップでも積極的に報告をおこない、討議を重ねてきた。(1)については、イスラーム的なシステムの史的な展開について、比較文明論、政治制度論の観点から新しい視座を提供しつつある。(2)については、実態調査が進み、研究協力者として参加している院生2~3名の博士論文が一両年中に提出される予定である。(3)については、ダラム大学イスラーム金融研究プログラムとの共同研究が深化しており、国際的にも大きな手応えを感じている。これからの二年では、(1)~(3)のそれぞれについて集中的に研究を進め、その成果の一部を、「持続型生存基盤論講座(全6巻)」の第1巻の所収論文、『イスラーム世界研究』の特集、英国ルートレッジ社からの英語論文集、G-COEワーキングペーパー・シリーズなどの形で公刊することを予定している。
     
  3. 「日本の自治村落とアジアの農村」研究会
      アジア温帯域で近世に成立した「小農社会」(ないし日本の「自治村落」)は、構成世帯の均質性と強い勤労精神に支えられ、農業・非農業両部門で労働集約的技術の発展を促進し、かつ平等主義的な非農業企業内の組織を生み、西欧と異なる経済発展経路をたどってきた。これに対し南アジアは、生まれに基づく階層性の強い農村社会の形成と非農業企業へのその影響、現在における強い資源制約への直面という特徴をもち、東南アジア(ジャワや紅河デルタなど一部地域を除く)では、つい最近まで続いた小人口社会、また比較的平等かつ相互規制が弱く開放的、そして柔軟で密な親族ネットワークの発達した農村社会の形成が行われてきた。しかし、都市化・工業化に伴う近年の農村社会の変容は各地域で著しい。本研究は、各地域固有の農村社会のあり方が技術や制度の発達、また経済発展のあり方にまで強く影響してきたことを明らかにし、かつ近年の変容をも分析してきた。成果は、書籍出版か学術雑誌の特集号の編集を考えている。
     
  4. 「資源・エネルギー利用と経済発展径路」研究会
      本グループでは、これまで東南アジア・南アジアの工業化と資源についての共同研究を行ってきた。そこでの関心は、西洋の資本集約型・資源集約型工業化とは異なる労働集約型・資源節約型の工業化が東南・南アジアでどの程度実現したのか、そしてそれはそれぞれの地域の資源・エネルギーの賦存状況とどのように関係していたのかということであった。このうち、労働集約型工業化に関する研究は一応のまとめを別途刊行し、今後2年間は、資源・エネルギー利用の観点からの長期経済発展径路の研究を、中東、アフリカにも視野を拡大して行いたい。
      過去2世紀の世界経済の発展は主として石炭、石油に代表される化石資源の利用によって可能となった。と同時に、アジア、アフリカの農村は、バイオマス(薪、糞など)をエネルギーにした経済を広汎に残しつつ、第一次産品輸出経済として世界経済に統合され、これが熱帯における森林伐採・環境劣化を促した。化石資源に支えられた都市の工業や近代的な交通網の発達が農村のバイオマス・ベースの経済を商業化していくという連関は、熱帯地域の長期経済発展径路に大きな影響を及ぼしてきた。その傾向は現在も続いている。
      本研究会ではこのテーマについての大きな見通しを作ることを目指して、日本、中国、東南アジア、インド、中東、アフリカの専門家を動員して共同研究を行う。成果の一部を「持続型生存基盤論講座(仮称)」に刊行する予定である。

 



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