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「東京の都市再生:歴史とエコロジーの視点から」[第18回研究会] (G-COEパラダイム研究会)

日 時:2009年5月18日(月)  16:00~18:00
場 所:京都大学東南アジア研究所  稲盛財団記念館3階大会議室

講師: 
陣内秀信(法政大学デザイン工学部) 
「東京の都市再生:歴史とエコロジーの視点から」

コメンテーター: 
藤井滋穂(京都大学地球環境学堂・グローバルCOE「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」) 
岩城孝信(法政大学)

現在、世界人口の約半数が都市で暮らすといわれ、都市の重要性はますます高まっている。
都市は従来、農村との対比において、人工的な空間と見なされる傾向にあったが、その成立や発展、あるいは衰退がつねにその自然的あるいは社会的環境と深いかかわりにあるということは見逃されてはならない。特に18世紀の西欧における都市人口の拡大は、産業革命のエンジンとなったが、それは同時に様々な問題(環境破壊や生活・労働条件の悪化など)を伴っていた。そうした諸問題は近年に至るまで発展の副産物として看過されてきたが、グローバル化が進む現在、そうした環境や資源の問題が地域的な問題ではすまされないことがますます明確になっている。
つまり、都市の環境とのつながりの再生なしに、持続的な生存基盤はあり得ないのである。今回は東京やその他の都市に焦点を当てながら、以上のような問題について議論したい。

[講演要旨]
東京の都市再生-歴史とエコロジーの視点から

今日、我が国も人口減少と経済非成長という成熟段階に入り、改めて魅力的な都市生活と住空間を問い直す必要がある。個性ある真に豊かな都市をつくるには、エコロジーと歴史の視点に立って、その場所の特性を生かし、質の高い環境づくりを実現することが求められる。巨大な現代都市、東京を対象に、歴史とエコロジ?の視点からこの都市の特徴を読み解きながら、再生へのイメージを論じてみたい。
東京の前身、江戸は水と緑を都市環境に巧みに取り込み、世界の都市の中でも特異な存在であったといえよう。その独自の性格は、今もなお、東京中心部の空間構造の深層に受け継がれ、この現代都市を個性づける重要な要素となっている。起伏の変化、地質、植物の分布、水の流れ、湧水、空気の流れ等を考えながら、柔軟な方法で都市空間がつくられた。東京はまさにエコ・シティだったと言うこともできる。そのため、変化に富んだ個性豊かな都市風景が生まれた。東京の郊外、田園部に目を向けると、今なおその性格をより強くとどめる。
近代の都市開発はそうした既存の都市の歴史的、自然的な資産を活かすことに無頓着だった。しかし近年、市民、住民の間には、既存の都市がもつ魅力を引き出し、水辺や緑地を再生するための活動が大きく広がっている。今日、政府・財界の推進する経済浮揚のための高層ビル群の建設を中心とした従来型の大規模開発、都市再生ではなく、地形や自然条件を活かし、水辺空間と緑地を保全・再生しながら、持続可能で質の高い生活環境を生み出す方策が求められる。こうした方向での都市再生の在り方を考えてみたい。

【活動の記録】

今回のパラダイム研究会では、報告者の陣内教授は自分の研究経歴を振り返りながら、水の都市としての東京の再生について報告を行った。都市について考えることは生存基盤の持続性にアプローチするうえで欠かすことのできないテーマだが、都市が周囲の環境、とりわけ水との関わりのなかで歴史的に形成してきた秩序に目を向ける今回の報告は、本プログラムにとってきわめて示唆的なものであった。
 

従来の都市工学の研究はスクラップ・アンド・ビルドの再開発が中心的なテーマであり、既存の都市のあり方について考察することが少なかった。報告者はそれへの反発からイタリアへ留学し、ヴェネツィアという都市の読み方を学んだあと、下谷について研究を行い、既存の都市空間が独特の秩序をもって形成されており、それが時代を越えて持続していることを明らかにした。報告者は続いて、江戸=東京について、山の手から下町にかけて古地図を利用しつつ丹念に実地調査を進め、それが水の都市、エコ・シティという性格を持っていたことを明らかにした。そこには例えば、道路は尾根を通り、武家屋敷が高台に、ローカルなコミュニティは谷道を軸にできているなどの、地勢とうまく適合した有機的な構造が見られる。報告者はそれを「都市の形態学」とも呼んだが、そうした大まかなパターンは現在に至るまで受け継がれており、大きな通りのパターンはほとんど江戸と変わっていない。こうしたことに人々の関心が集まるようになったのは、1970年代から80年代になって、イギリス経由でアメニティや生活環境というコンセプトが紹介されてからのことである。
 

江戸期の舟運、漁業、あるいは儀礼などを通じた住民と水との豊かな関わりは、明治期に入って近代的な橋やプロムナードなどが作られ、モダンな空間となっても意味づけを変えつつ維持されていたが、高度経済成長期に失われてしまった。しかし、70年代ごろから水辺を占めていた工場が出ていき、水が戻り、魚が戻り、人が戻って、ウォーターフロントの再生が進んでいる。

以上のような、都市がもっている自然環境との関わりを取り戻し、それを維持しながら、そのうえに様々な意味を積み重ねていくということについて、報告者は東京の様々な地区(佃島、深川、世田谷、大宮八幡、日野など)の事例を紹介しながら説明した。

これに対し、岩城氏はタイのバンコクを事例に、地図(古地図やGIS)、現地調査(聞き取りと実測)、そして文献資料を組み合わせた研究手法について紹介し、長いタイムスパンでの変化を追うことで現在時点における問題がより明確になることを示した。

また藤井氏は、京都大学グローバルCOE「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」の活動を紹介しつつ、都市基盤の作られる年代で、水を得る、出す方法、システムが異なるため、アジアのそれぞれの都市の条件に応じた水の水道を得る、下水を処理するシステムを考える必要があることを主張した。

総合討論では、水と共に生きる都市の共通性について、環境との共生における商工業活動のポジティブな側面について、あるいはエコ・シティとしての江戸を形成した要因は何か(①地勢、地理などの生態学的な条件、②そこに住んだ人の世界観、③都市計画のうち、どれか?)、などの質問が出て、有意義な意見交換が行われた。
 

(木村周平)

 

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