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「フィールドコラム:彼女たちと会う」大門碧(ナイロビ・フィールド・ステーション)

大門碧(アジア・アフリカ地域研究研究科 アフリカ地域研究専攻)
 

 
近づきたくても近づけない。近づいてもいいよ。その合図をいつも私は待っている。



練習場所のレストラン
夜になると黒いカーテンが開き、ステージがあらわれ、ショーが始まる

東アフリカに位置するウガンダの首都カンパラで、大学院生になって初めての調査を終えた私は、なんとなく、しかし強い心持ちで、「カリオキ・ショー(karioki show)」というショー・パフォーマンスに焦点を当てて研究しようと決めていた。カリオキ・ショーはバーやレストランなどで、さまざまな歌曲にあわせてさまざまな演目を披露するパフォーマンスである。使用する歌曲は、ラジオをつければ流れてくるような流行歌、アメリカやウガンダのポップミュージックが中心である。その歌曲にあわせておこなう演目の中心を占めるのは、「カリオキ(karioki)」という音楽にあわせて口と体を動かし実際に歌を歌わずに歌を表現するパフォーマンスである。これは、歌手が製作するプロモーションビデオの実演版といった様相の不思議なパフォーマンスである。既存の曲をCDに焼きつけてDJボックスにセットし、スピーカーから大音量で流しながら、実際には歌わずに表情でさも歌っているようにみせているため、ただの「口パク」とも言える。一見すると、二流も二流といったパフォーマンスだが、ステージの上のパフォーマーはどきどきしてしまうほどひたすらカッコイイ。客は、仕事帰りの男性、年配の夫婦、子供連れの母親など多岐にわたり、一杯酒をひっかけるついでに、もしくはデートのときに、あるいは気晴らしとしてカリオキ・ショーを楽しんでいるようだ。週末の夜はもちろん平日の夜でも、このカリオキ・ショーは実施される。夜20時から、遅いときは22時を過ぎてからはじまり、約3時間のあいだ、1曲平均4分弱の歌曲を50曲前後かけ続け、パフォーマーたちは数曲ごとに入れ替わりながらカンパラの夜を盛り上げている。


ひるごはん
練習の合間にパフォーマーたちが食べる
なかなかおいしい

「私は黒いけど人間なのよ、質問したら?」
調査の一環として、カリオキ・ショーをするパフォーマーたちにも話を聞こうと、私はインタビューを試みた。かれらは、10代後半から20代前半の若者たちで、多くの場合15人前後でグループを形成して活動していた。ほとんど私より年下であるパフォーマーは、ステージの上はもちろん、ステージを降りても実にカッコイイ。耳に光る銀色のピアス、ラフに着こなすトレーナー、すこし斜めにかぶる帽子、かれらの姿には日常を少し楽しくするおしゃれなアイテムがちりばめられている。ただし女性陣は、少しこわい。彼女たちはほぼ全員英語ができる。しかし、ダンスを練習しているレストランや、かれらが「ゲットー」と呼ぶ4畳ほどの狭い住居に突如としてやってくる私に、男性メンバーと違ってあまり気を遣う様子はない。彼女たちは相手をどきりとさせる色っぽいまなざしのつくり方や、色気がただよう歩き方など自分の魅せ方をよく知っているが、媚びることはしない。上記の一言は、私があまりにもメンバーの勢いに気圧されて質問できないでいる時に、グループリーダーの二十歳の女性が言ってきた言葉だ。つまりは「質問してちょうだいよ、なんでも応えるわよ」という意味なのだが、思わずびくっと背筋が凍る。


練習中?
カメラを渡すと、好き勝手にポーズをとっては何枚もパチリ

あるグループにくっついてショーをおこなう場所に初めて行ったときだった。まだかれらと出会って2度目だった。その夜は、14人乗りの乗り合いタクシーを借り切って、グループのメンバー13人と衣装が入った袋、そしておどおどしている私が乗り込んで練習場所にしているレストランから公演場所のバーへと向かった。乗り込んだ女性メンバーたちのテンションは高い。ビニール袋に入れたビールをストローで吸いながら、笑い声を飛ばす。会話は私が理解できないガンダ語。でもガンダ語というより、ほぼ悲鳴に近い彼女たちの言語。途中、交差点で車のスピードが落ちたとき、隣を走る乗り合いタクシーの運転手に向かって、卑猥な言葉を投げつける。運転手がいらついて手をあげようとすると、急いで車の窓を閉める。そして笑いあう。プラスチックのタッパーに入ったシチューがけご飯は、彼女たちのあいだで何度も行き来した。時には、私のことを言っているのだろう「ムズングmuzungu(白人、外国人)」という言葉も聞こえてくる。すぐ後ろにいる彼女たちを私はとてもじゃないが振り向けなかった。


会場に着くと、彼女たちは自分たちのペースで、男性がいるとかいないとかに関係なく着替え始め、割れた鏡の破片を片手に化粧と髪形を整えていく。ショーが始まる。舞台上の仲間を眺めながら待機する。自分の番になるとあせるでもなく、「ま、いきますか」といった雰囲気の駆け足で舞台へ向かう。なんとか少しでも彼女たちと会話をしたい。そう思った私は、待機中の女の子に話しかける。
「はじめまして」
すると、
「もう会ったことあるでしょ」
と返される。


カリオキ・ショーの一場面
とにかくカッコイイ

不思議なことだが、調査中にかまってもらいすぎると面倒くさく感じるのに、こんなにかまってもらえないと、さびしい。次に会いに行くことさえおびえていたが、とにかく行ってみなきゃはじまらないと、また練習場所へと足を向ける。「また来たの?」的視線を投げかけられながらも、あいさつしてみる、話しかけてみる。すると、意外にもいろいろしゃべってくれる。きょとんとしている私に椅子を用意してくれる。「恋人はいるの?もしも、ウガンダ人の男を考えているのなら、それはBIG DON’T」と忠告してくれる。マンゴーを買って持っていったこともある。私がマンゴーを差し出すと彼女たちは「わー、いいのお?ありがとね」とにこりとほほ笑み、マンゴーへのお返しにと焼きトウモロコシやバナナを買ってくれた。そして私が渡したマンゴーをあっという間に食べると、彼女たちはいつもジーパン姿でいる私にスカートをはかせようとした。私は日本でもほとんどスカートをはかず、はいてもひざ下まであるものだけ。だが、差し出されたスカートはひざ上30センチ近いもので、私の人生史上最短のミニスカだった。「ひい」と心の中で叫びながらも、私が着替えるのを今か今かと待っている彼女たちを落胆させたくなかった。彼女たちが男性メンバーを追い払う。私はおそるおそる着替えた。彼女たちの黒く光る足の中で、唯一白くて弱々しい私の足。「ああ」との心の中のため息と裏腹に、彼女たちは歓声をあげる。「いい足ねえ」と言って、私のデジカメで写真をとる。さらに、自分たちの足もカメラに収めて「なかなかいいじゃない」と笑っている。なんかもうどうでもいいか、彼女たちがこんなに楽しそうなら、とそんな外人がここに1人。


私は彼女たちにかまってもらうための努力を続け、その努力に対する彼女たちの反応が私の楽しみのひとつとなった。毎日イヤリングを変えてみる。「あ、それいいじゃない。ちょうだいよ」おしゃれなサンダルを買って履いてみる。「ちょっとの間だけ、そのサンダル貸してくれない?」美容院に行って髪型を変えてみる。「きゃーいいじゃなーい!!」そう言いながら抱きつかれたときは、もうこっちは有頂天だ。


ショーを終えての夜中2時、彼女たちの住まいに一緒に帰る。床に置かれた鍋の底から冷たくなった炊き込みご飯をこそげとりながら、彼女たちは言う。
「体を売りたくないからこういう仕事やってんの」
彼女たちとまともに会話できてない私は、その言葉の本当の意味なんてまだまだわからない。先進国からきた私をからかっているだけなのか、それとも…。その晩は、2人が床で寝て、ベッドは私を含む3人が占拠した。ベッドに横たわり、彼女たちの体温を両側に感じながら、もっと彼女たちと話したい、彼女たちを知りたいと、そう思った。


近づきたい、相手にされたい。だからおしゃれしてみる、訪ねてみる、話しかけてみる、無理なら待ってみる。じっと、でも熱意を持って。近づいてもいいよ。その合図を待っている。


( 21COE プログラム(H14-H18年度) フィールドステーションコラムから転載 )

 


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