ふたつ目の山をおりる山腹にさしかかったところで、彼らは、後から来るはずの「婚資グループ」が別のルートを通って、どうやらわれわれよりも先に行ったと言いながら、地面を見ている。そして「ウシの足跡の中にヒツジの足跡があるだろう」と教えてくれる。ふつうウシとヒツジをひとつの群れにして放牧することはないので、これはまちがいなく「婚資グループ」の足跡だというわけだ。
「静かにしろ」と言われて耳を澄ますと、彼方から歌声が聞こえた。花嫁を迎えに行く男たちだけがうたう歌である。こちらのグループも同じ歌をうたい始める。歌声どうしは呼応して、ふたつのグループはいつのまにか合流し、ひとつになった歌声は花嫁の待つ集落へと向かうのだった。
足跡、匂い、空の色、鳥や蝶の飛ぶ方向、彼方の歌声や木を切る音・・・。彼らは五感を研ぎ澄まして、今、自分が生きている世界を全身で把握し、そこから必要な情報をとり出して活用する。これこそが戦士の情報技術。彼らの生命力だ。携帯電話の小さなディスプレイを凝視したまま立ち止まることなく道を歩く私たちは、戦士の五感を退化させながら、どれほどに大切な情報を手にしているのだろうか。現代の情報技術のおかげで地球規模の情報を手中におさめたが、みずからが生活する空間とのかかわりは薄れゆくばかりである。人類は技術進歩と同じスピードで退化しているのではないかと考えこまずにはいられない。
しかし、グローバリゼーションという名の波は、ゆっくりと考える時間を与えてはくれないようだ。昨年は小さなサンブルの町でもついに携帯電話をみかけた。片手に槍、片手に携帯電話。今、地球の隅々にはそんなちぐはぐな光景があり、猛スピードで何かが消えようとしている。
(『まほら』第41号掲載: 2004年10月旅の文化研究所発行)
コメント (0件)